奇跡講座とは

奇跡講座とは、『この世界』を知覚している「心」に働きかけて、自分が本当は何者かという真理を思い出し、愛、喜び、平安という私たちの本来の『在り方』を取り戻すための教義です。

テキスト、ワークブック、マニュアルの三部作を通して、私たちが無自覚に抱いている『攻撃的な思考体系』を認識し、『奇跡(愛)的な思考体系』に訂正されるために実践すべきことを学びます。

また、私たちの視覚を新しい視座に置き替えることで、『世界』や『人々』を、愛ある見方に訂正されるために実践すべきことを学びます。

 

書いていることが難しく感じるのは、今までに学んだ言葉の意味や概念を当てはめることができず、奇跡講座が定義した言葉の意味や概念を新たに理解し学ばなければ始まらないからだと思います。

(例)奇跡、贖罪、心、投影、救済、癒し、赦し、etc

何よりも、奇跡講座は自分の意欲から生じる体験を通してしか習得し達成できないものなので、実践と体験を避けると奇跡講座の理解が深まらないからだとも思います。

 

奇跡講座の教師は『聖霊』のみです。

聖霊の声だけが反映されている『テキスト』『ワークブック』『マニュアル』を信頼して読み、学び、実践し、体験することで奇跡講座のゴールが達成できます。

人間の姿をした人たちは皆、どんなに素晴らしい人物に映ろうとも、内なる教師である聖霊のみに導かれることを遅らせるために自分で作り出した投影(偶像)であり、「真(正気)の教師は聖霊以外には存在しない」と理解しておくことが賢明です。

そして人間としての誰かを信頼することと、神の子であるからその人を信頼することは、全く別のことであると知る日がくるでしょう。

  

日常生活の中で贖罪(罪と罪悪感の実在性を信じる信念の訂正)を受け入れ、癒される(正しい心の状態に戻る)ことで、聖霊を通して赦すこと(誤った自己概念を放棄し真理を受け入れ自覚すること)ができるようになります。

それは自分に救済を受け入れ、自分自身も救済の手段となることです。

 

自己を「弱く、傷つきやすく、邪悪で、危険にさらされていて、そのため絶えず防衛をする必要があるもの」という誤った心が知覚する世界は、醜く不安な場所であり、攻撃的で破壊的な場所であり、すべてにおいて危険で、信頼の希望も苦痛を逃れる手立てもなく、あてにならない場所のごとく見えています。

しかし、神からの『答え』であり『救済計画』の手段でもある『聖霊』を受け入れ主導してもらうことによって、「神の子は無罪であり、罪は存在しない」という正しい心の状態で知覚する世界は、キリストの心眼ですべての人を兄弟として眺め、すべてのものごとを親切で善きものと知覚します。

それは、幻想でしかない自己概念を赦したいという意欲を抱くことで、心が夢見た誤りは聖霊による奇跡によって取り消され、不変なる実相が取り戻され、恐れの夢は優しい夢へと変容していくからです。


世界という夢の中ではなく、常に神の心の中に居ることが選択と決断となり、聖霊と共に歩むことがすべきこととなりますが、それは神が夢の終わりと定めた幸せな夢であることを確信させてくれます。

 

 

「奇跡」とはミラクルなことではありません
ラッキーなことが起こることではありません
気に入った人生になることではありません
そうではなく、アイデンティティーが真理の内に戻ることです

 

奇跡は実相についての自覚を回復させることを目指している。
奇跡とは、心が私に導かれながらキリストに仕えることを選んだことのしるしである。(テキストより)


 
奇跡講座は、誰かから教えてもらうというよりも

テキストを何度も何度も読み

ワークブックのレッスンを日常生活の中で実践し

赦すことと聖霊から奇跡と癒しを受け取る体験をすることが学びです
実際にそれだけが『救済』なのです